マコなり社長×識学社長の対談ですべての中間管理職は救われる件

 

どーもサラ理です。

わたくしはその名の通り、「サラリーマン理学療法士」であり、

上司と部下からのプレッシャーから一挙に請け負う「中間管理職」でもあります。

「ソシキマネジメント」という何とも掴みようのない抽象的なコトが仕事でもあります。

そんな中間管理職というのは、悩みも多く、

プレーヤーもこなせないといけないし、マネージャーでなければならないし、

上司や部下から、

やれ業務が辛いだの、働きずらい!だの、

やれあの人が嫌い、あの人は働かない!だの、

朝から晩まで、上下左右から要求にこたえなければならない地味にシンドイ立ち位置であります。

しかもこれは中間管理職でないとなかなか理解しえない苦しさ、悩みでもあります。

そんな中間管理職である私がこの「マコなり社長と識学社長の対談」動画、識学を通じたディスカッションを観て、

・人間関係の悩みが改善され

・プレッシャーとストレスから解放され

・全米が泣くくらい心が洗われた

ので、そんな畏敬の念を禁じ得ないお二人から

感銘を受けた「パンチライン」をアウトプットも含めここに記していきたいと思います。

 

マコなり社長とは

・株式会社div代表取締役

・福岡出身の現在31歳(やばい、サラ理と同い年だ、うん、シンドイ笑)

・日本最大級のプログラミングスクールを運営をする傍ら、

チャンネル登録者数90万人の人気ビジネス系ユーチューバーでもあります。

つまり「全米が泣くほどの若手最強イケメンIT社長」です。

識学社長(以下安藤社長)とは

・株式会社識学代表取締役 安藤広大

・「識学」という独自のメソッドによる組織運営のコンサルティングを行っている

・2015年に会社を立ち上げ、2019年に東証マザーズへ上場するという全米が泣くほどの急成長企業

・著書:伸びる会社は「これ」をやらない!を執筆

つまり「全米が泣くほどの急成長コンサルティング会社社長」です。

識学とは何なのか?

「識学」とは、人間の意識構造の学問である。

→人が物事を認識して行動に移るまでの間を、「意識構造」と定義し、

要は、

「人は物事を正しく認識することできれば正しい行動ができる」=「認識を誤ると行動も誤ってしまう」

という理論のもと組織運営学を展開している。

でさらに言うと、

その「認識の誤り」を「誤解や錯覚」という風に言い換えることができ、

「人がどのように誤解や錯覚を起こして、どうすれば誤解や錯覚を起こさないのかを体系化したもの」

を「識学」と定義しているそうです。

で、この「誤解や錯覚」の発生の要因の多くは、「良かれと思って行っていると思っているリーダーの言動」にあるとし、

「識学」では、「良かれと思って行っているリーダーの言動」を修正することで組織運営のおける「誤解や錯覚」を取り除き、より効率的な組織運営をコンサルしていく会社であります。と安藤社長は述べています。

「なんだよ、漢字多くて、分かりにきーよ、マジで。」と思う方もいると思いますが、

サラ理的にはこの説明を受け、

「めちゃめちゃ面白そう!そもそも組織運営を体系的にまとめるとか出来るのかな?なかなか勝負に出てるやん!たぶん余程の結果を出せる自信がないとなかなか言い切ることって難しいんじゃない?」

となんとも体系的でない抽象的な感情にさいなまれました。(要は感銘を受けました)

サラ理が食らったパンチライン集

では以下に、わたくしサラ理の心にバチボコ突き刺さったパンチラインをお伝えし、私的なコメントを述べていきたいと思います。(アウトプットも含め)

リーダーとしてどうあるべきか考えると、不要な思いやりとか感情とか必要ないよね?(マコなり社長)

一見、非常な言葉に見えますが、これは実に深い言葉でもあります。

というのも、「中間管理職(以下リーダー)」の人というのは、

もともとプレーヤーでもあったため、現場で起きうるあらゆる苦労、苦悩を嫌ほど体験しているので、

ついつい、部下や現場の意見を過剰に聞き入れてしまう性質があると思っています。

その「部下に対する思いやり」というのは、時に「組織の目標達成」において、成果の足枷になったり、リーダーのムダな熟考を促進してしまいます。

これがリーダーが受ける大きなストレスの一つです。

逆に部下に、「リーダーに思いやりがない」と認識されれば、嫌われることは容易に想像できますよね。

だからこのような判断をするリーダーに対し部下は、「ドライ」だとか「冷酷」だとか思ってしまうのです。

ただこのように、嫌ってしまう部下には特徴があります。

それは「自責マインド」ではなく「他責マインド」であるということです。

わたくしサラ理は部下の時分、「成果主義」であったためか、「問題の原因」を「是々非々」で捉え、上司やリーダーのせいせず、自分に至らない点があったのだと素直に思えるタイプでした。

わたしは、この物事を客観的にとらえて問題解決に至るプロセスを考えられる人を「自責マインド」を持ち合わせている人と認識しています。

一方、「他責マインド」の人は、「原因が自分にない」と本気で思っていたり、「モチベーションドリブン」で働いていたりする傾向にあり、「感情的」「妄想的」であることが多いように思えます。

つまり、「他責マインド」であると、「上司は部下に思いやりがあるのが普通でしょ?」とか本気で思っています。

ここで、全国の中間管理職やリーダーの代わりに言います。

「部下への思いやりがないわけではありません、しかし成果の出せないあなたを不要に思いやることはできません。」

「なぜなら、頑張っているアピールをせずとも、周りには黙々と成果を出している社員はごまんといますよ?」

「しかし、もちろん、あなたが成果を出せたなら、その時はわたくしも一緒に喜ぶ所存で候」

組織運営とは国語でなく、数学や物理の感覚でやっていいんだ!(安藤社長)

わたしはこれを聞いた時、ハッ!といたしました。

これはかなり救われたパンチラインでした。

①国語=感情論ドリブンで、やりがいを見出しつつ、モチベーションを高めて成果を出せるような組織運営

②数学=目標達成に向け、成果ドリブンで結果を出す組織運営

と私は勝手に認識しました。

一見、これまた非常に見えますが、そんなことはありません。

というのも、「部下の思う当たり前」に、上司が付き合いすぎていたことが原因なのではないかと思いました。

今までの私たちが感じてきた、社会的常識に照らし合わせると、

「部下の感情に寄り添い、部下の顔色をうかがい、部下が進めべき正しい方向へ導くのが良い上司」

といういうよう、ドラマとかでよくみる「良き上司像」を目指すことが当たり前だと思っていたからです。

しかし、実際のところ、「良き上司像」を演じても、部下は楽するだけでサボり出すし、自分で考えることをやめ、あまつさえ「上司がすぐ褒めてくれるから自分は仕事が出来る部下なんだ」などと勘違いを起こす場面を何度も見てきました。

これは明らかに違和感でした。

あのドラマや漫画での「良き上司」ってうそやん。

もう一度、①と②を言い換えてみます。

①国語=やる気がないと仕事に身が入らないし、人からモチベーションを上げてもらわないと成果も「出せない」組織運営

②数学=少しずつ成果を出し目標を達成することで、自分でやりがいを見つけ、結果としてモチベーションがあがる組織運営

これ皆さんはどう思います?

これでも安藤社長の言葉は非常に思えますか?

「なんか困ったことあったら言ってね?」「言ったら何かしてくれるんですか?」(マコなり社長)

マコなり社長は以下の場面に遭遇して困ってしまったと話しています。

<リラクセーションスペースで2階層下の社員との会話(マコなり社長→上司→社員みたいな関係性)>

マコ:何か困ったことあったら言ってね?(何気なく)

社員:言ったら何かしくれるんですか?w(やんわり)

マコ:やべ、これ上司(マコなり社長からした部下)をすっ飛ばして、いきなり優遇したら、上司や他部署のスタッフからさまざまな疑念、軋轢などが生まれる可能性があるのではないか?(たぶん)

マコ:あ、これ俺、社員に対して、何もできないな…何も言えないな…

となった経験があったそうです。

中間管理職である私には、これはすごくよくわかります。

少し形を変えると、

「社長→中間管理職→部下」という階層構造があるとして、

「社長↔部下(中飛ばし)」で連絡を取り合ってしまうと、

①「社長↔部下」→②「社長→中間管理職」→③「中間管理職→部下」:

・結果、中間管理職に指示しなおすため、3つの手順を踏み生産性に欠ける

・また中間管理職は社長の指示を受けざるを得ないため、マネジメント方法を中断し、指示通りに行動しなければならない

 →つまり、マネジメント・チームワーク・統制の破綻を招くことになる(だからマコなり社長は「何もできないな」と言ったのだと思います)

的な悪循環が生まれることが予想されるのです。

これを踏まえて、

『誰でもかれでも、みんながフランクに話し合える職場づくり』ってホントに必要なのか?といわれるとなんだか迷ってしまいますよね。

よし、これに一言付け加えて、どうにかしてみます。

『「立場を踏まえて行動できるのであれば」誰でもかれでも、みんながフランクに話し合える職場づくり』

これなら僕は「必要だ」と自信をもって言えます。

 

ルールが感情で動いていると思われるとまずい。だから社長は人間っぽく見えるといけない。だから社長室にこもるのが望ましい。

ふむふむ。と言っておこう。

私自身、社長室なるものはないので、あまり共感しがたいが、本質的なところは理解できる。

これはたぶん、プレーヤーを完全にやめて、マネージメントに専従している場合によくあることなのかな?と思いました。

一般的に社長は以下の2種類のタイプに分かれることが多いと思います。

①社長は現場に出て実際の問題を目の当たりすることが重要派

②社長が現場介入することでの生じる中間管理職へのマネジメント方法の破綻を招くことを懸念して部下を信頼して社長室に閉じこもる派

たぶん、ここでは②のことを指しているのではないかと思います。

私は、割と②は賛成派ですね。

理由は、

・社長が現場に出ると、間違った指示でも実行しないといけないから

・社長が中間管理職のマネジメントを肯定していると捉えるから(社長が現場に出ないということで、中間管理職によるマネジメントで運営が成り立っているという構図を認めている)

・社長が現場に出ると、「感情論系、モチベーション系社員」が「社長が現場に出て当たり前派社員」に大変身するから

などがですかね。

まぁ明確にどっちが良いとかは、今はまだわかりませんが、

私は、

良きマネジメントが行き届いているチームって、

『「目標」に向かって、個々人が自立分散的に行動し、その結果生まれる自然発生的なチームワーク』を発揮できるチームなのではないかなと思っています。

つまり、現場に社長がいなかろうが、だ、中間管理職がいなかろうが、運営が回る状態が望ましいと考えています。

部下に権限を行使しない=責任を破棄する(安藤社長)

世の中の会社に属している社員の中には、「上司の指示」に対して、

「なんで私がやるの?」「いつも命令されてムカつく」

などと嫌悪感を示す人が多数います。(※ブラック企業、ブラック上司を除いて)

こんな人達に対し、

誤解を恐れず異論を唱えてみます。

「本来、会社組織というものはピラミッドの階層構造を成している。だから上から下に指示が来るのは至極当然」

「その実、指示の本質は、他者への行動責任の付与である」

「言い換えると、指示行為とは他者への信頼でもある」

「つまり、指示をしないということは他者への責任放棄、否、他者への見限り行為そのもの」

とグラップラー刃牙みたいなテイストで異論を唱えてみたが、皆さんは今、きっとストレスを感じているだろうと思います。

失礼しました。

つまり、

「上司は信頼している部下にしか指示はできない=失敗のケツをふけるだけの信頼を得ている部下にしか指示しない」

「指示されない=あなたの行動に責任は持ちませんよの現れ」

とも言い換えられます。

「指示に嫌悪感を示すあなた=上司からの信頼を自ら破棄している」

※ただ理不尽な指示やパワハラ、セクハラなどブラック上司の指示は全く別物です!

※この安藤社長の発言と、自分の解釈はたぶん合ってないと思いますが、

私はこの言葉から上記のようなことを連想したので、一応載せてみました。

 

ルールは地雷を無くす。ルールがあると空気を読まなくていい。社内において空気を読むという時間はムダということに気が付かないといけない。(安藤社長、マコなり社長)

divワークルール(マコなり社長の社内ルール)

目的→「悩む必要のないところで悩むな!」

ex:

①ランチの時間は1時間ぴったりじゃないといけないのか?ちょっと伸びてもいいのか?

②昼寝していいのか悪いのか?

などをマコなり社長はルールの例として述べていました。

本人は良いと思っていても、

人によっては、①あの人休憩長くない?、②なんで昼寝なんかしているの?などと価値観のずれからくる論争やストレスが生じてしまう。

上記のような、価値観の違いによる論争やストレスなどは全てムダであり、

そんな論争で消耗することがないように「ルール」を制定することが良いと、安藤社長もマコなり社長も述べています。

これは私も同意です。

「ルール」と聞くと、「しがらみ」「動きにくくなる」などと苦しくなるような印象を持たれる方も多いと思いますが、

「ルール」があることにより、「なにをやったら良くて」「なにをやったらダメなのか」がはっきりすることで働きやすくなる。

つまり、「ルール」が「やってはいけない地雷」を取り除き、やっていいことに注力することができると述べています。

これめちゃくちゃわかる。これなら人の顔をうかがって、空気読まなくて済みますよね。

だって、「ルール」でやっていいっていってるんだもん!

ただ無駄に仕事を増やすだけの「ルール」には注意しておこう!

「ルール」によって効率が良くも悪くもなるということがあるので、

「ルール」を制定する側にはそれなりのセンスは必要だと思いました。

感情に寄り添いすぎる必要はない=相手に期待させない(安藤社長)

・人は感情の生き物だ

などとさまざまなビジネス書や著名人が述べていることは、皆さん周知の事実であろうと思います。

・人は感情の生き物だ→だから感情に寄り添い、一緒に働いていこう!

みたいな考えに至るのは、簡単だが地獄の道でもある byサラ理

なぜなら、

・人は感情の生き物=かまってちゃん=期待しすぎ芸人

であるからです。

つまるところ、これら該当する人とは再三、話に出てきている、

「感情論系、モチベーション系社員」のことを指しています。

上記の社員は、人に対する期待値が高く、

「私が頑張ってるんだからあなたも頑張んなさいよ」

とか言っちゃう社員です。

気持ちはわかります。私も社会人2年目くらいにそんな時期ありました。

でも私は、

期待を人に求めても、仕事の成果は変わらないし、自分は1ミリも成長していないことに愕然として、それから「感情論系、モチベーション系社員」からは卒業しました。

つまり「かまってちゃん」でいるだけ自分が成長しないし、ダサいと思うようになったわけです。

かまって社員には、期待させてはいけません。というより期待を容認、迎合、肯定してはいけないということです。

なぜなら、期待は上がれば上がるほど、叶わなかった時の他者への憎悪が半端ないからです。

というか、そもそも仕事をするのに、

「期待とかそんな感情論持ちだすなよ、だからヒス…」

的なコトを思っているあなた!!

そのままその思いをぶつけずに、心の中にそっとしまい、

期待させないスタンスを取り続けましょう。

大丈夫、あなたは一人じゃない、私はあなたの味方です!

最後に一つ、感情を出していい瞬間がひとつだけあります。

それは、

「目標を達成した時」です。

目標を達成したなら、うれしいじゃないですか1そんな時はハイタッチして、みんなで喜びを分かち合いましょう!

それまでは粛々と仕事を回しましょう!

 

ガラス張りでフラットでフェアって本当に必要?

これはこの動画を見て思った私の感想です。

ダイバーシティで多種多様な価値観がスタンダードになりつつある今の時代、

従来の悪しき風習の淘汰と共に、本質的に重要なことも抜け落ちているように思います。

・従来のピラミッド式の組織運営は古い、これからは一人ひとりが輝ける輪っか式で行こう!

と誰しもがフラットでフェアであらねばならないという単調な考えはしてはいけないなと思いました。

そりゃ誰だって、フラットでフェアが良いに決まっている。

でもそこには、効率的な秩序なんてものはなくて、結果、上の立場の人のみがその人たちのケツを拭く。

今の流行りのように聞こえる新しい価値観の本質にはきっと、従来の価値観の本質も必ず含まれていると思います。

流行っているから、思考停止で、ドヤ顔でイキりまくるのではなく、

流行っているものを従来のやり方と比較して、本当にいいものなのか?と考えを巡らせることに価値があると思っています。

そこには必ず物事の本質が存在していると思います。

だからこそ「良い悪い」が判断でき、「是々非々」で物事を捉えることができ、感情ではなく論理的に物事を解釈できるのだと思います。

そこで悩んで答えが出せなくてもいいと思います。

思考停止で「私はこうです!」

ではなくて、

思考を巡らせ「悩んだ結果、私はこうですかね…」

の方が信頼できます。

中間管理職の私はね。

 

とこれを打っているのが深夜2時なので、

最後の方は全く何が言いたいか分からず、

伝えたいことがバグりまくっていますので、悪しからず。

長文駄文、失礼しました。

最期まで読んでいただきありがとうございました。

 

 

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